今日は、合唱コンクールの審査員をさせて頂きました。突然、審査員代表で講評を述べさせて頂くことに。(声楽の専門が私1人だった為だと思います。)何の準備もなくでしたが…覚悟を決めました(^^;;
合唱コンクールの審査員としては、評価をする務めがありますが、本来音楽は優劣をつける事に向いていないものと言えます。一生懸命心を込めて練習してきたものに、順位をつけさせてもらうなら、こちらもどういう観点から見て評価しているのかを伝えるのが、せめてもの礼儀だと思います。
色々音楽を通じて感じた事はありましたが、今回は2点に絞ってお伝えしました。 まず、「人間にとって音楽とは何か?」と「クラシック音楽、合唱における美しい声とはどういう声なのか?」ということ。
まず音楽は、私たち人間が生きていれば日々感じる繊細な感情を表現し、また共感しあえるもの。そして、呼吸する事は生きる事に等しい。声を出す前の呼吸が喜びに満ちていたら、歌声、音楽は生き生きと輝きを放つ。詞と音楽を心で深く感じ、歌っている本人が絵を鮮明に思い描けているか、それを聴いている人に共感してほしいという強い意思があるかどうか。私が、レッスンや授業でも1番伝えたい譲れないところ。
次にテクニック。歌のテクニックは大きく分けて、①呼吸、②母音の統一、③レジスター(声の要素)の統一。
①深い呼吸と共に声帯の位置が自然に下がる。その声帯が、音の高低に依存せず呼吸コントロールによって同じ場所に留まれる事。この事により話し声より深い声になる。
②それぞれの母音の正しい舌の位置を学び、母音を作る為の舌の変化が滑らかで柔らかく保たれている事。舌で声道を塞がない事により、どの音域も安定した響きを確保する。
③胸声と頭声。低い音は胸声が優勢、高い音は頭声が優勢。しかしクラシックの分野では、殆どの音域において2つの要素を混ぜた声を作る。それにより、音の高低によって声質がいきなり変化したり、音が薄くなる音域が出ないようにする。
これらを骨盤と背骨を中心に身体全体で呼吸コントロールし、力強く柔軟性を持った声を作ることが、美しいレガート唱法、音程の確かさ、そして合唱におけるハーモニーの美しさに繋がる。
このような事を噛み砕いて話し始めると、もう講評というより講義になってしまうので、歌えば早いし分かりやすい!という事で実演を踏まえながら、出来るだけ(笑)短くお話させて頂きました。
本来、発声練習もせず人前で歌う事はしたくない事でしたが、その時は自分の歌い手としてのプライドより優先したいものがありました。未来のある子どもたちに「音楽とは何か。」を伝える事。
ドイツ語には、musizierenという言葉がある。直訳すると、「音楽をする」という意味。日本語にすると、??かもしれない。 心からの喜びと、繊細で丁寧な音楽の流れを感じ、それを慈しんでいるか。共演者とそれを共有し心を通わせているか。私は、それがmusizierenだと思う。それをより良く表現する手段として、声楽の技術がある。
私の師匠は、技術の習得に妥協はない厳しさを持っていながら、いつもどんな時もFreude(喜び)erzählen (語る)事を忘れてはならないと言いました。それは、言葉でいうのは簡単ですが当時の私には容易ではなく、相当な心がけと決意が必要でした。たとえ技術点が100点でも、そもそも音楽をしていなければ、技術など何の意味もない。今、自分が教える立場にもなり、その事の意味を痛感しています。
このように言葉で声楽技術の事を書くことは、言葉不足や捉え方の違いにより、誤解を招く可能性があるので避けてきましたが、今日は書きたいと思いました。
これらと日々向き合う事は、私の人生そのものであるので、つい熱くなってしまいます。
音楽は、私たち人間誰もが持っている孤独な気持ちを和らげ、心に平和をもたらしてくれるものではないでしょうか。
楠本未来